精機製品・技術レポート:『固形油』の開発とNSKリニアカイドヘの応用

1. まえがき

軸受の潤滑剤には.主としてグリース又は潤滑油が一般的に広く使用されているがその潤滑剤に代わるものとして、近年、プラスチックに多量の潤滑油(又はグリース)を含有させた固形の複合材料が注目されている。この材料は、潤滑したい箇所に接触させたり、又は、近くに取り付けることによって、徐々に潤滑剤を供給することができる。また、固形のためグリースや潤滑油のようにそれ自体簡単に流出することがない。この特長を利用し、従来潤滑が困難であった粉塵雰囲気や水(水蒸気も含む)のかかる場所での潤滑に効果が期待されている。
ここで紹介する「固形油」は、潤滑油を含有したプラスチックであり、NSK独自の材料調製と加工方法によって開発した新しい材料である。この「固形油」は、自己潤滑性を持つと共に、摺動部及びその周辺に潤滑油を供給する能力を持つユニークな素材である。
本報では、「固形油」と、それをリニアガイドに応用した「NSK K1」について紹介する。

2. 「固形油」について

2.1. 「固形油」の構造
 

「固形油」とは、潤滑油と、それと親和性のあるポリオレフィン樹脂(以後ポリオレフィンと略記する)から構成される材料である。市販の含油プラスチックの含油量が数重量%であるのに対して、固形油は潤滑油を50重量%以上含有することに特長がある。この材料は、加熱することで流動し、任意の形に加工することができ、冷却すると潤滑油を含有した固形となる。
「固形油」の代表的な物性を表1に示す。表1に示すように、「固形油」は、通常のプラスチックに比べて軟らかく、その硬さは、ゴムとプラスチックのほぼ中間に位置する。
潤滑油と樹脂の組み合わせによって、種々の組成があるが、ここで紹介する「固形油」は、鉱油系潤滑油と、数種類の分子量の異なるポリオレフィンから構成される。
固形油成形品の組織を写真1に示す、写真より、ポリオレフィンが固形油の骨格を成し、その間に潤滑油が保持されていることがわかる。

「固形油」成形品の組織
2.2. 「固形油」の特性
 

「固形油」からの油放出量は、温度に依存している。
図1は、引張り強度の測定に使用するJlS 1号試験片(厚さ3mm)を各温度に放置して、放出される潤滑油量(重量変化率)を測定したものであり、温度の上昇に伴って潤滑油放出量は多くなることを示している。その理由として、以下のことが考えられる。

各温度における試験片から放出される潤滑油量の経時変化

前に述べたように、「固形油」はポリオレフィンの分子間に潤滑油が包含されている。「固形油」の成形品は、材料を成形時にポリオレフィンの融点以上に加熱し、冷却固化する工程を経て成形する。このためポリオレフィン分子は、伸長した状態で凍結され、収縮しようとする残留応力が働いている。一般にプラスチックは、温度上昇と共に、分子の運動が活発になり、応力を緩和しようとする。このため温度が上昇すると、ポリオレフィン分子は収縮しようとし、その結果、潤滑油は外部に排出されると推定される。
このことは、「固形油」が摺接して運動する場合は、摺動発熱によって潤滑油をより多く供給しうることを示している。
次に、「固形油」から摺動部に供給される潤滑油量について述べる。
図2に示す中央に円形状のくぼみを持つ試験片を用いて、そのくぼみの中に「固形油」に使用したものと同一の着色した潤滑油を入れた状態で、スラスト型摩擦磨耗試験を行った。50℃で摺動を行い、着色した潤滑油の移動状態を観察した。試験片の6日、13日、21日後の断面を写真2に示す。
くぼみの中に入れた着色潤滑油は、時間と共に、摺動面に向かって拡散していることがわかる。また、摺動面には、潤滑油が滲み出ているのが観察された。
このことと写真1の「固形油」の形態から見ると、「固形油」中の潤滑油は、連続相として存在しており、摺動表面の潤滑油が減少した場合、「固形油」の内部から、潤滑油が補給されることが推定される。このような特性によって、長期間にわたり安定した潤滑が期待できるものと考えられる。

「固形油」試験片とスラスト型摩擦摩耗試験機の略図

3. リニアガイド用「NSK K1」の形状と取り付け例

図3のように、リニアガイドのエンドキャップとサイドシールの間に、保護板とともにNSK K1を装着する(両サイド)。NSK K1は、サイドシールと同様に、レールの表面に密着するように成形されており、常にNSK K1から潤滑油が供給されるようになっている。
写真3は、図3からサイドシールを外した状態のNSK K1の形状を示している。

リニアガイド用「NSK K1」の形状、取付け例

4. リニアガイド用「NSK K1」の特性

4.1. 潤滑剤供給性能
 

NSK K1の潤滑剤供給性能を調べるために、リニアガイドにNSK K1を取り付けて、グリースなしで走行試験を行った。NSK K1は、図3に示す取付け例において、エンドキャップ、ベアリング及びレールを脱脂後組み立て、サイドシールの代わりに保護板を使って取り付けた。リニアガイドの各走行距離における、NSK K1の重量と摩擦力を測定した。両端のNSK K1の初期重量からの減少重量の合計を、潤滑油供給量(重量変化率)とし、各走行距離における摩擦力と併せて図4に示す。
エンドキャップ,ベアリング及びレールを脱脂した直後は、リニアガイドの摩擦力は急激に上昇し、作動性は低下するが、数回作動すると、NSK K1から潤滑油が供給されて、摩擦力は低下し、作動性は元に戻っていることかわかる。
このことから、グリースが無くても、NSK K1から供給される潤滑油によってリニアガイドの走行は、安定に行われ、その作用は、走行途中でエンドキャップ、ベアリング及びレールを脱脂しても失われず、継続していることがわかる。

リニアガイドの走行に伴う潤滑油供給量と摩擦力の変化
4.2. シール性能
 

苛酷な環境下でのシール性能を評価するために、写真4に示す試験機を用いて、多くの木材切屑中での耐久試験を実施した。その結果を図5に示す。
木材切屑などの粉塵環境下では、ベアリング中のグリースは、レール走行中にレールに堆積した粉塵に吸収され、潤滑不良を起こすことがある。
NSK K1は、グリースが枯渇した状況での潤滑油供給の機能と、ベアリング中に侵入する粉塵量を減少させるシールとしての機能を持つと考えられる。
実際に、図5に示すように、木材切屑環境において標準タブルシール(ゴムシール、2枚組合わせ)に比べて、NSK K1を組合わせたもの(図3参照)は、約2倍の走行距離を達成している。これは、上述のNSK K1の二つの機能によると推定できる。

木材切屑中リニアガイド耐久試験機
木材切屑中でのリニアガイド耐久試験結果
4.3. 耐久性能
 

NSK K1の耐久性能を調べるために、室内環境においてグリースなしでリニアガイドの走行試験を行った。その結果を図6に示す。
図6が示すように、無潤滑でリニアガイドを走行させると、短期間(79km)で走行不能となってしまうものが、NSK K1を取り付けることによって、25000km以上の走行が可能になっている。
このことから、通常リニアガイドには、潤滑剤の定期的な補給が必要であるが、NSK K1を取り付けて潤滑剤を少しずつ供給することによって、潤滑剤の補給期間の延長を図ることができる。

木材切屑中でのリニアガイド耐久試験結果
4.4. 耐油性・耐薬品性
 

リニアガイドの使用にあたり、考慮すべき薬品・油脂類に対してNSK K1の浸漬試験を40℃で行い、その相性を調査した(表2参照)。
通常の状態で接触するグリース、切削油に対しては安定であり、使用上問題ない。
脱脂能力を有する薬品(白灯油、ヘキサン他)に対しては、接触することによって、シールの表面から急速に油分が奪われる。したがって、装置の洗浄などの際に、脱脂能力を有する薬品に長時間接触させると、潤滑油を供給する機能が失われることが予想され、十分な性能が発揮できなくなると推定される。

「NSK K1」と各種薬品・油脂類との相性

5. リニアガイド用「NSK K1」の期待される用途

NSK K1は、通常のシール機能と同時に、固形油(ポリオレフィンの多孔)から潤滑油が滲み出し、リニアガイドに潤滑を与える、全く新しい潤滑ユニットである。
その応用機能と期待される具体的な用途例を表3に示す。
このようにNSK K1は、粉塵や水などで油分が消失してしまうような環境で使用される用途に有効である。
また、リニアガイドの潤滑剤が飛散して、装置及びその周りを汚してはいけないといった使用環境では、できるだけグリースの量を少なくするといった対策がとられているが、潤滑不良を起こしやすい、そのような使用環境で、潤滑剤を少しずつ供給し飛散することがないNSK K1を使用することは、有効であり、潤滑不良を防止することが可能であると考えられる。

「NSK K1」の用途例

6. あとがき

プラスチックに多量の潤滑油を含有させた新しい材料である「固形油」を開発した。
この「固形油」は、成形により任意の形状に加工ができ、また、潤滑油の種類や含油量も任意に変えることも可能である。
今回、その「固形油」をリニアガイドに応用して、その一つとしてNSK K1を開発し、市場に提供することができた。
このNSK K1は、グリースなしの状態で25000km以上走行が可能であり、また、木材切屑環境で通常のゴムシールの2倍以上の寿命を有することが分かった。
今後「固形油」の特長を生かし、潤滑油供給部材としての使い方やシールとしての使い方、あるいは両方の面を持った使い方等、種々の用途へ展開していきたい。