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工作機械業界を悩ませていた「象限突起」を
NSKの技術の底力を活かして解決

NSKは、2020年11月に、「工作機械の円運動における象限突起をボールねじの摩擦安定化により低減する技術」を開発・発表しました。この技術は、なんと、1970年代に発行されたNSK社内技術レポートから着想を得たもの。ボールねじでは世界で初めて実用化されたこの技術によって、どんな良いことがあるのでしょうか。技術開発の背景などをエンジニアに聞きました。

プロフィール

河合 類斗(写真左)
産業機械技術総合センター 直動技術センター BS技術部

上田 真大(写真右)
産業機械技術総合センター 直動技術センター 試験研究部 副主務

工作機械におけるボールねじの役割

河合ボールねじは、回転運動を直線運動に変換することができる製品で、大きく二つの用途に分けることができます。一つは、非常に微細な動きを活かした「精密な位置決め」、もう一つは軽い回転力によって大きな力を発生させることができる「力の伝達」です。機械部品を加工する工作機械においては、「精密な位置決め」が活かされています。

工作機械に使われるボールねじのイメージ(赤枠)

上田工作機械の精度は、設計した通りの加工形状をどのレベルで実現できるかに関わってきます。精度が低いと、設計した形状に対しての誤差が生じますが、工作機械による部品加工を高精度に実現できれば、完成品を理想形により近付けることができます。たとえば、工作機械を使って、金属のかたまりを削って金型を作る際に、その工具を動かす精度によっても、金型の出来栄えは変わります。私たちは、工作機械における精密で正確な動きの実現に、ボールねじで貢献しています。

NSKの技術の底力が課題解決につながった

河合工作機械のトレンドの一つに、加工した面の品質の向上が挙げられます。皆さんの身近なもので言うと、スマートフォンの筐体(きょうたい)や、ヘッドライトの部品などの金型も工作機械で作られるのですが、どちらもなめらかなカーブになっていますよね。
こういった金型や部品の曲線やカーブは、円運動と呼ばれる円を描く動きを組合せて作っています。しかし、円運動をすると、工作機械で多く用いられる形式のボールねじでは、運動方向反転時に「象限突起」というミクロンレベルの運動誤差が生じてしまい、筋状の跡が発生してしまっていました。今までは、この跡を取り除くために、仕上げとして磨く加工が必要となっており、「象限突起」は工作機械業界の困りごととして、お客様からの声が多くありました。

工作機械でスマートフォンの筐体なども作られている
エンドミルの円運動による加工
直交2軸のボールねじ送り機構による円運動

上田2017年12月頃から、この困りごとの解決方法を検討し始めました。象限突起は、ボールねじの運動方向が反転した際の急な摩擦の変化により発生するものです。この摩擦変化はボールねじの構造に由来するもので、根本的に解決することは困難であると考えられてきました。すると、ある時、上司が1970年代後半に発行されたNSK社内技術レポートを持ってきてくれました。そのレポートの中から、今回発表した新技術のベースとなる技術を見つけました。当時は、ボールねじに由来する象限突起はまだ課題として今ほど着目されておらず、市場ニーズと合致せず、製品開発には至らなかったそうです。現在は、工作機械の技術の進歩に伴い、ボールねじにより高い精度が求められるようになりました。現在の課題解決に通じる技術を40年ほど前に見出していたことに、ボールねじのパイオニアであるNSKの底力を感じました。NSKが培ってきたボールねじ技術をベースに、ベアリング開発で培ってきた解析技術を応用・駆使して開発を行った結果、ボールねじの運動方向反転時の摩擦変化を大幅に抑えて動きをスムーズにすることで、象限突起の低減に成功しました。

新技術によって運動誤差が減少

河合今回の技術は、既存製品を改良したのではなく、新しい技術となります。開発品の内部の仕様も他のボールねじとは違うため、膨大な評価項目が必要になり、地道に開発品の品質や精度などを評価して、課題を洗い出し、潰しこんでいきました。象限突起を低減させることだけでなく、長寿命や摩耗制御など求められることが多岐にわたり、簡単にはいきませんでしたが、「世間を驚かせたい」という想いを持ちながら技術開発に取り組みました。
これまでは、象限突起が生じることにより、金型成形品の表面に筋状の模様が転写されてしまうため、磨き工程により金型面のきれいさ、滑らかさを保っていました。しかし、今回の技術を活用できれば磨き工程を省略できる可能性があります。これにより、加工時間の短縮につながり、お客様の生産性向上や省エネルギー化にも貢献できます。また、労働人口が減ってくる中で、労働時間の短縮への貢献にもつながると考えています。これからは、この技術の製品化に向けて、工場と連携しながら、開発を進めていきます。

新技術によって加工面の出来栄えがきれいに

社会に貢献できる技術開発を目指して

上田コロナ禍を背景に、一人でいろいろと考える時間が増え、会社に入社した意味を改めて考えるようになりました。そこで、最近改めて思ったことは、NSKの企業理念にある「人と人の結びつきを強める」ことの重要性です。社外ではお客様、社内では他部署、工場などとのコミュニケーションをしっかりとって、ボールねじの技術開発を通して、人と人の結びつきを強めていきたいと考えています。そのためにも、ボールねじやベアリングをはじめとする我々の製品が、社会や地球環境にどのように貢献できるかを、これからも常に考えながら技術開発に取り組んでいきたいと思います。

河合私は、エンジニアの使命の一つは、社会を豊かに安全にすることだと思っています。世界的に労働人口が減少し、特に日本では少子高齢化が進む中で、国内産業の衰退も考えられますが、どうすれば経済に貢献できるかを考えるように心掛けています。従来の考え方にとらわれずに、常に先を見て幅広い知識や情報を得ること、また、自分のポジションを俯瞰で見ることを意識していきたいと思います。そして、モノづくりのエンジニアとして、今後もボールねじを使い続けてもらうためにどうすれば良いか、どうすればその技術や用途を発展させられるのかを考えていきたいと思います。