潤滑剤温度予測式構築の取り組み
2026年7月
技術開発本部 コア技術研究開発センター
第二研究開発室 東京科学大学駐在
1. はじめに
NSK Technical Review No.2603「潤滑寿命式(潤滑ペンタゴン理論)」1)で紹介したように、NSKでは、転がり軸受の低トルク化と長寿命化を両立するため、潤滑寿命を理論的に予測する技術の構築に取り組んでいます。潤滑ペンタゴン理論では、軸受トルク、潤滑剤温度、潤滑剤劣化、粘度、油膜厚さを相互に関連づけ、時間とともに油膜が薄くなり、潤滑状態が変化する過程を表現します。ここで油膜とは、軸受内部の接触部に形成される潤滑剤の薄い膜であり、金属同士の直接接触を抑える役割を果たします。図1に潤滑寿命式の構成を示します。
本稿では、その構成要素の一つである潤滑剤温度予測式の構築に向けた取り組みを紹介します。一般に、軸受温度は測定が比較的容易な外輪温度で代表されます。しかし、グリース封入軸受などでは、実際に接触部の潤滑を担う潤滑剤の温度が、外輪温度よりも高くなる場合があります。潤滑剤の酸化劣化、粘度変化および油膜厚さは温度の影響を強く受けます。このため、外輪温度を用いて潤滑性能や潤滑寿命を評価すると、潤滑剤温度を実際より低く見積もることになり、潤滑寿命を過大評価してしまう可能性があります。一方で、軸受内部の潤滑剤温度を直接測定することは容易ではありません。
そのため、運転条件から潤滑剤温度を予測する技術が重要となります。軸受内部の潤滑剤温度をより正確に把握できれば、低トルク化による省エネルギーと早期劣化の抑制による長寿命化の両立に役立ちます。本研究では、潤滑ペンタゴン理論への組み込みを想定し、繰り返し計算に適しており、かつ軸受内部の温度分布を表現できる手法として、熱回路網法を用いた潤滑剤温度予測に取り組みました2)。
図1 潤滑寿命式の構成
2. 潤滑剤温度予測の考え方および手法―熱回路網法―
潤滑ペンタゴン理論において、潤滑剤温度は、潤滑剤の劣化、粘度および油膜厚さを左右し、潤滑寿命に大きな影響を与える重要な因子です。潤滑ペンタゴン理論では、5つの予測式を組み合わせ、時間の経過に沿って繰り返し計算を行うことから、潤滑剤温度を求める手法には、必要な精度で温度分布を求められることに加え、計算負荷が小さいことが求められます。そこで本研究では、潤滑剤温度予測の手法として熱回路網法を適用しました。
熱回路網法は、熱の流れを電気回路に見立てる解析手法です。温度差を電位差、熱流を電流、熱抵抗を電気抵抗に対応させることで、複雑な構造物の温度分布を比較的簡便に求めることができます。
まず、解析対象をいくつかの部分に分割し、各部分を「節点」として表します。節点間の熱の伝わりにくさを表す熱抵抗と、各節点に対応する部分の蓄熱特性を表す熱容量を用いて、回路網としてモデル化します。熱の移動の駆動力は温度差であり、高温側から低温側へ熱が流れます。各節点では、流入および流出する熱流、節点内部で発生する熱量、および節点温度の時間変化を考慮して、熱収支式を立てます。
節点iにおける熱収支を数式で表現すると式(1)となります。ここで、Tは温度[K]、Qは発熱量[W]、Rは熱抵抗[K/W]、Cは熱容量[J/K]、tは時間[s]、添え字i、jは節点番号を表します。節点jは節点iと接続された節点であり、左辺第1項は節点間の温度差に起因する熱流項を表しています。
各節点の熱収支式を連立して解くことで、各節点温度の時間変化を求めることができます。連立微分方程式は熱コンダクタンス行列G、温度ベクトルT、入力ベクトルq、熱容量行列Cを用いて式(2)のように表すことができます。ここで熱コンダクタンス行列Gは節点間および節点と外部環境との間の熱コンダクタンスから構成される係数行列を表し、入力ベクトルqは、各節点の発熱量および既知温度境界からの寄与を表します。
なお、熱コンダクタンス行列Gの非対角要素は接続節点間の熱コンダクタンス1/Ri,j 、対角要素は当該節点に接続された熱コンダクタンスの総和の負値として構成されます。式(2)は式(3)のような状態方程式に変形することで、ルンゲ・クッタ法などの数値計算法により、温度の時間変化を求めることが可能です。
3. 軸受試験機への熱回路網法の適用
本研究では、グリース封入軸受を対象とし、軸受試験機に熱回路網法を適用しました。試験機の模式図を図2に示します。2個の試験軸受にアキシアル荷重を負荷し、回転試験を行いました。
試験には6305軸受を用い、室温を25℃、アキシアル荷重を1,000 Nとしました。潤滑剤にはウレアグリースを使用し、封入量を3.4 gとしました。試験では、回転数を500、630、870、1,185、1,665、2,190、2,970、4,020、5,400、7,350、9,900、13,000 min-1の12段階に設定し、順次上昇させました。
試験中には、軸受トルク、回転数および外輪温度を測定しました。また、電気インピーダンス法3)により、油膜厚さおよび油膜破断率を測定しました。このうち、軸受トルクと回転数は熱回路網モデルへの入力とし、外輪温度と油膜厚さは計算結果の妥当性を検証するために用いました。
電気インピーダンス法は、軸受内部の潤滑状態を評価するための手法であり、接触域に形成される油膜厚さや油膜破断率を把握するために用いられます。
熱回路網モデルでは、軸受および試験機を複数の部分に分け、各部分を節点で表しました。各節点に熱容量を付与し、節点間を熱抵抗で接続しました。回転中の軸受では、摩擦によって消費される機械動力が、主に熱へと変換されます。そのため、軸受トルクと回転数から、軸受で発生する単位時間当たりの熱量を見積もることができます。現段階では、潤滑剤温度予測モデルの妥当性を確認するため、実測した軸受トルクと回転数から発熱量を求め、熱回路網モデルへの入力としました。今後は、潤滑ペンタゴン理論を構成する軸受トルク予測式と組み合わせることで、運転条件から潤滑剤温度を予測できるモデルへ発展させることを想定しています。
熱回路網法により推定した外輪温度を実測外輪温度と比較しました。さらに、推定した潤滑剤温度から理論油膜厚さを算出し、電気インピーダンス法により測定した油膜厚さと比較しました。
図2 試験機概略図
4. 温度予測結果と実験結果の比較
トルクM、各部の温度T、油膜破断率αおよび油膜厚さhの経時変化を図3に示します。熱回路網法で計算した外輪温度Touterと実測した外輪温度Touter_testがおおよそ一致する結果が得られました。これは構築した熱回路網モデルが、軸受試験機の熱的挙動をおおよそ再現できていることを示しています。また、計算された潤滑剤温度Tgreaseは、外輪温度よりも高くなる傾向を示しました。特に高速域では、潤滑剤温度と外輪温度の差が大きくなりました。
次に、実測外輪温度を用いた理論油膜厚さ h outer_testと、推定した潤滑剤温度を用いた理論油膜厚さ h greaseを計算しました。これらを電気インピーダンス法により測定した油膜厚さ h EIMと比較しました。その結果、外輪温度を用いた理論油膜厚さは、測定した油膜厚さとの乖離が大きくなりました。一方、 熱回路網法で推定した潤滑剤温度を用いた場合、500-1,185 min-1の低速から中速域では、計算された油膜厚さが実測値とおおよそ一致しました。この結果は、低速から中速域における油膜厚さを評価する上で、 測定しやすい外輪温度ではなく、実際に潤滑を担う潤滑剤の温度を考慮することが重要であることを示しています。
ただし、高速域では潤滑剤温度を用いて計算した理論油膜厚さにも、実測値との乖離が見られました。実験では高速域において油膜破断率αが増加しました。また、回転数が上昇しているにもかかわらずトルクが低下する傾向も確認されました。これらの結果は、接触部に供給される潤滑剤が不足する枯渇潤滑の発生を示唆しています。枯渇潤滑が生じると、温度上昇による粘度低下だけでは説明できない油膜厚さの低下が生じるため、高速域における理論値と実測値の乖離につながった可能性があります。
図3 計算および試験結果
5. 考察
本研究の結果から、潤滑寿命を精度よく予測するには、潤滑剤温度を適切に推定することが重要であると考えられます。潤滑剤温度が外輪温度より高い場合、外輪温度を潤滑剤温度として用いると、潤滑剤の劣化速度を過小評価し、油膜厚さを過大評価する可能性があります。その結果、潤滑寿命を実際より長く見積もる危険側の評価につながります。
また、潤滑剤温度を推定することで、温度上昇に伴う粘度低下によって説明できる油膜厚さの変化と、潤滑剤の供給不足など、温度の影響だけでは説明できない変化とを分けて評価できる可能性があります。
6. おわりに
本稿では、熱回路網法を用いた軸受内部の潤滑剤温度予測について紹介しました。実測した軸受トルクと回転数から求めた発熱量を入力した結果、計算した外輪温度は実測値とおおよそ一致しました。また、本試験条件では、推定した潤滑剤温度が外輪温度より高くなることが示されました。
推定した潤滑剤温度を用いて計算した油膜厚さは、低速から中速域において、外輪温度を用いた場合よりも実測値に近づきました。一方、高速域では実測値と乖離する課題が残り、枯渇潤滑の影響について検討する必要があることが分かりました。
今後は、軸受トルク予測式と組み合わせた潤滑剤温度予測を潤滑ペンタゴン理論に組み込み、低トルク化と長寿命化を両立する軸受設計技術の確立に取り組みます。
参考文献
1) NSK Technical Review No.2603 潤滑寿命式(潤滑ペンタゴン理論)、 NSK webサイト: https://www.nsk.com/jp-ja/tools-resources/research-and-development/technical-review/2026/lubrication-pentagon-theory/
2) 眞鍋佳資、前田成志、丸山泰右、桃園聡、“転がり軸受の低トルク化と長寿命化の両立によるカーボンニュートラルへの貢献~熱回路網法を用いた潤滑剤温度予測~”、トライボロジー会議2025 秋 函館 予稿集、 A3(2025) 7.
3) Maruyama T., Maeda M., and Nakano K., “Lubrication condition monitoring of practical ball bearings by electrical impedance method”, Tribol. Online, 14 (5) (2019) 327–338. doi:10.2474/trol.14.327:https://www.jstage.jst.go.jp/article/trol/14/5/14_327/_article