2019年12月26日

「走行中ワイヤレス給電」がEVの存在価値を変える

郡司 大輔

先日、東京ビッグサイトで開催された「第46回東京モーターショー2019」。NSKは「あたらしい動きをつくる。」をコンセプトに、数多くの技術展示を行いました。

その中のひとつに、エネルギー・インフラの新しい形を提案する「走行中ワイヤレス給電」があります。今回は、その開発担当者であるNSKの自動車事業本部 自動車技術総合開発センター パワートレイン技術開発部の郡司大輔に話を聞きました。

道路にコイルを埋め込み、走行中のEVを充電する

── 「走行中ワイヤレス給電」とはいったいどのようなものなのでしょうか。

郡司 簡単に言うと、道路に埋め込んだコイルから走行中のクルマに電気を送り、それでEVを走らせようというものです。この技術のメリットは、EVの電池の搭載を少なくできる点。 現在、EVの航続距離を長くしようとすると、電池をたくさん積もうという話になります。EVに使われるリチウムイオン電池は、大変素晴らしいものですが、ガソリンに比べると重いし、値段もまだまだ高く、しかも電池を作るための資源や、作るときに排出されるCO2の課題もあります。リチウムイオン電池が少なくて済むなら、それにこしたことはありません。

一方、電車はバッテリーを積まずに走行しますよね。それは送電線から電気をもらっているからです。それと同じことがEVでもできたら、バッテリーは小さくできる。しかし、クルマは電車と違って自在に動くので、電車と同じわけにはいきません。そのため、電気をワイヤレスで送ろうというわけです。

── 走行する道すべてにコイルを埋め込む必要があるのでしょうか。

郡司 結論から言うと、その必要はありません。どこにコイルを埋め込む必要があるかを考えるために、研究施設のある街の付近をクルマで走り、クルマが道路のどこにどれくらいの時間いるのかを調べてみました。

すると、走行時間のおよそ4分の1は、信号から30mくらいのところにいるんですね。1時間走った場合、15分くらいは信号待ちしているイメージです。東京都内であれば、もっと長いかもしれません。つまり、信号の手前30mくらいだけにコイルを埋めれば、かなり高い確率で充電できるというわけです。

うまくすれば、走行してもEVのバッテリー残量がほとんど変わらない。つまり、わざわざ充電しなくてもよくなります。やはり走った後にいちいち充電するのは面倒くさいですよね。でも、「走行中ワイヤレス給電」ならば、充電しなくてよいEVができます。そうなると、ユーザーがエネルギーを入れないと走らないというEVの概念自体が変わり、常に走り続けられる。無人で自動運転できるクルマが登場したときも、非常に大事な技術になります。

 

郡司 大輔

さらに言うと、もう少し大きな話にもなります。太陽光や風力といった再生可能エネルギーは、天気によって変動が非常に大きいので、その変動を電力系統でどのようにコントロールして安定的に活用するかが課題になっています。その解決策のひとつが、街を走るたくさんのEVのバッテリーを使って貯めるというアイデア。

その際、充電ケーブルに接続されているEVだけでなく、街中を走り回っているすべてのEVを使えるほうがいいですよね。そこで「走行中ワイヤレス給電」が必要になるわけです。将来的に、必要に応じて電力の需要を調節する「デマンド・レスポンス」を実現しようというときにも、「走行中ワイヤレス給電」の技術は貢献できるはずです。

地面から近い場所で、効率よく電気を受けて使う

── NSKが提案する「走行中ワイヤレス給電」はワイヤレスというだけでなく、インホイールモーターを使うのも特徴です。軸受で知られるNSKがインホイールモーターを開発する理由は、どんなものでしょうか?

郡司 当社のビジネスから考えると、インホイールモーターそのものを製造するというより、そこで使われる部品の製造を行っていくことになるでしょう。ただし、部品を理解するのには、ユニット全体を知らなければなりません。開発はユニット全体で実際にクルマに載せるところまでやって、そこで得た知見をお客さまに提案をしようと。

インホイールモーターの開発は、すでに10年近く前からおこなっています。また、ワイヤレス給電の研究も東京大学と共同でおこなってきました。EVは環境に良いというだけでなく、運動性能にも優れています。それを追求した先にあるのがインホイールモーターであり、走行中ワイヤレス給電を組み合わせてあるのが、わたしたちの技術の特徴です。

── インホイールモーターと走行中ワイヤレス給電を組み合わせるメリットは、どこにありますか。

郡司 今のところ、わたしたち以外の走行中給電システムでは、車体側のコイルがクルマの底にあります。そうすると、最低地上高だけでなく、車高の変化も発生します。地面のコイルと離れるほどに効率は悪くなりますし、車高によって距離が変化するのも困ります。

地面に近い車輪のハブにコイルを置くイメージ

そこでより地面に近い車輪のハブにコイルを置けば、距離が近くて一定です。このようにすることで、ワイヤレス給電の効率を高くすることができます。

実験では、わたしたちの方式の場合92.5%の効率で給電できることを確かめています。効率が良ければ、道路へ埋め込むコイルも短くて済み、設置のコストがより少ない点もメリットでしょう。

── 電力はどのように使われるのでしょうか。

郡司 走行中は、モーターにて電力を利用しますが、モーターで使わないときは、電気を車体のバッテリーに送って貯めます。走行中の給電では、電気が必要ないときに受け取らないこともできますし、必要な分だけ受け取ることも可能です。

ワイヤレスで受け取った交流は周波数が高いので、変換回路までのケーブルを長く伸ばすとかなり損失になるんですね。その距離を最短にしたいので、やはりホイールの中という近いところで直流に変換するのがすごく大事になります。

郡司 大輔

性能で言えば、モーター1輪で25kWです。2輪に積んだら軽自動車程度の走行性能で、4輪に積むと小型乗用車くらいと言えば、分かりやすいでしょうか。

現在は、時速何キロまで走行中給電可能かが、研究の課題です。地面に埋めるひとつのコイルは、それほど長くできません。あまりに長くすると、クルマのサイズと合わず電力が無駄になります。

また、走行中のクルマの速度が高くなるほど、送電コイル上での滞在時間が短くなります。例えば、長さ1mの地面のコイルの上を時速36㎞(秒速10m)で走行すると、0.1秒で通り過ぎてしまう。

わたしたちが研究しているシステムは、コイルの上にクルマが来たのを検知した上で送電し、クルマが通り過ぎたら送電をやめる制御を想定しています。つまり、コンマ数秒の世界のため、難しいというわけです。ちなみに、クルマが通っていないときは電気を送らないので、電気を無駄にすることはありません。

言ってしまえば、インホイールモーターで走行中ワイヤレス給電を実施するのは、一番難しいことに挑戦していることになります。あえて難しいことから研究すれば、インホイールモーターがないバージョンもできるし、ワイヤレスのないパターンにも対応できるというわけです。

郡司 大輔

単なる技術の研究ではなく、社会への貢献を見据えている実感

── 開発に対しては、やりがいを感じていますか?

郡司 「走行中ワイヤレス給電」は、クルマ単体の話ではなくて、社会全体のエネルギーをどう扱うかという話につながっています。クルマを電動化すれば、終わりではありません。結果として、CO2の排出量が減って、日本全体でエネルギーのバランスがしっかりと取れるという日本の将来像。そのひとつのピースが「走行中ワイヤレス給電」の技術です。

また、日本国内では高齢化や労働人口減少によって自動運転のニーズが高まってきており、「走行中ワイヤレス給電」も自動運転を支える一つの技術として重要であると考えられています。

小さなひとつのピースにすぎませんが、それでも将来の日本のあるべき姿に関わっている、社会課題を解決する要素技術開発に挑戦しているというのは、個人的にも非常に大きな意義があると感じています。また、そうした思いは、開発チーム全体としても、NSKの中でも共有していると言っていいでしょう。このプロジェクトに関わっている人はみな同じ考えだと思います。